妻へ 90代以上 青森県 第4回 銀賞

妻への手紙
倉谷 政次 様 91歳

 お前が逝ってからもう十ヶ月を迎えようとしている。逝く時は二人一緒に逝こう、と約束をしていたのに、お前は私を残してあの世へと旅立った。残された私はあまりにも辛く悲しい毎日を送り続けている。お前との約束を守らずに生き続けている自分に耐えられぬ程の嫌悪感を覚えるようになってきた。朝、目覚めると、いつも側に居たお前が居ない。また外出先より帰った私を出迎えてくれるお前はもう居ないのだと思うときの私は、心の方向性を失い、只茫然として胡蝶の夢の中に居る。毎日毎日、何故逝った、何故、何故なのだ、との繰り返しの中で生きている。夜は睡眠薬無しには眠れなくなった私は、或る医療関係の人に、睡眠薬を一度に何十錠も呑んだら目覚めることなく、安らかな死を迎えるのでは、と尋ねたら、その人は、現在の睡眠薬は、いくら多量に呑んでも決して死なないように造られている、とのことであった。嗚呼、私の心は複雑に揺れた。

最近よく樺太のことを思い出す。お前と共に過した樺太は、二人の青春の場でもあった。お前が存命中はよく二人で樺太を語り合った。まるでドラマを見るようにいろんなことを思い出し乍(なが)らのそれは盡(つ)きることは無かった。あの敗戦直後の大混乱期を二人ともよく生きぬいて来たものだと改めて思い出す。ロシア軍による略奪であらゆる物を失った。戦時中の物資の無い時代、二人の結婚式に、せめて人並のものを持たせたいとお前の母が苦労して用意したお前の衣類の総てを略奪され、泣き伏したお前の姿。また、日本軍のスパイ容疑で逮捕された私は投獄され、そして死刑宣告を受けた。紙一重の差で無罪となり帰宅できたが、突然連行され行方不明となった私を、お前は毎日毎日探し求めて彷徨い続けていたことを知り、あまりにもお前が不憫で胸の痛みにやっと耐えていた。老いた私はお前の側に逝くのも間もないであろう。再会を信じ暫しの間待ってくれるよう願っている。

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