「アジサイを背にして笑う亡き君は」
あなたに手紙を書くのは何年ぶりだろうか。先日、あなたの一周忌法要の時、私の描いた[明星観音]を見て何人かの方から「日出子さんに似ているね」との言葉をいただき嬉しくなりました。この日まで、あなたの遺品を整理しており、思い出の品を手にすると、どこからか声をかけてくるかと思う時も何度かありました。あなたが身罷(みまか)って間もなく、内閣府の有村大臣から“エイジレス賞”を戴きました。栃木県で私一人でした。続いて、栃木県で[戦争の記憶を語り継ぐためのDVD]を作り、私のソ連抑留体験も採用されました。皆様からお祝いのお言葉をいただきましたが、私の心の真ん中は空虚でした。その時の短歌─
“お悔みと悼みの心戴けど 心の奥を知るは 妻のみ”
でした。あなたは私にとって大切な空気のような存在だったのですね。あなたが居たらこの喜びは数倍だったろうと思っております。
結婚した時は父と私の二人でした。そこへ花が突然咲いたのです。家事一切と子の面倒を見つつ、小学校普通免許状取得の為通信教育を頑張りましたね。加えて戦時中荒らしてしまった山へ植樹し立派な山林にしてくれました。これは私一人の力では成し遂げられることではありませんでした。よくぞ家を盛り立ててくれました、心から感謝しています。
ある時、ふと「あなたは娘(九才で夭逝(ようせい))と楽しく過ごしているので帰らないの」と頭を過(よぎ)ったことがありました。いつかは二人寄り添う姿を心に描いています。あなたの身罷りし時の短歌です。いろいろ思い出して下さい。
かわしたる最期の言葉 娘と同じ お風呂に入り ゆっくり寝てね
名を呼べど触るれど 妻の返事なく 思い出だけが 心をよぎる
娘の居ます天国への道 迷いなく 着けよとねがう 足弱き妻
さようなら