その他 50代 埼玉県 第10回 入賞

嘘ついてごめんね
中川 明子 様 57歳

 35年のほやほや新人看護師の頃、私は小児科病棟に勤めてた。ほとんどの子が白血病で未来のない子供たちばかり。同じ小学4年生のゆかちゃんとエミちゃん。毎週土曜日の夜は3人でテレビを見て天気のいい日は病院の屋上でドリフのまねして遊んだ。「おいい~っす!」「違うよ!チョースケは唇こうやって、おいい~っす!だよ!あはは」。しかしだんだん症状が悪くなり、個室から出られなくなってしまった。その頃、私は妊娠して病棟から外来勤務に異動。「もう夜勤の時に一緒にドリフが見られなくなるんだね」。エミちゃんの寂しそうな顔。「中川さん、赤ちゃん生まれたら、触らせてね」。赤ちゃんを触ったことがない、一人っ子のゆかちゃん。しばらくして、外来勤務の私に、エミちゃんが亡くなったという知らせが来た。信じられない。あんなに明るくて、太陽のような子だったのに。スタッフは全員で「エミちゃんは違う病気も出ちゃったから、専門のよその病院に移っちゃった」と説明したという。でも、部屋に入るたびに「エミちゃんホントは死んじゃったんでしょ?違う病院に行ったなんて嘘でしょ?私も、もうすぐ死ぬんでしょう?」と聞かれるのがつらい、と同僚が。私はうちに帰ってから、色違いの小物入れをふたつ作った。小さな兔のぬいぐるみとおおきく二人の名前を入れて。それをもって部屋に遊びに行った。小さくなったゆかちゃんが横たわっていた。ゆかちゃんは褪めた冷たい表情で「中川さん、知ってる??エミちゃん死んじゃったんだよ」と、私にカマをかけてきた。「え~?違う病院に行ったんでしょ?また戻ってくるって聞いたよ。そしたらゆかちゃんの所に一番に来るだろうから、これ渡しておいてくれない??おそろいで作ったのよ!」と笑いながら渡した。じっと見つめていたゆかちゃんが小さく微笑んでくれた。「……わかった。エミちゃんが来たら渡せばいいんだね?かわいいね」「また来るね」。わざとらしく大きく手を振って、その部屋から出た。それから2週間後に、ゆかちゃんも息を引き取った、と。でも最後まで「早くエミちゃん戻ってこないかなあ……」といってずっと、ワタシの小物入れをいじってたという。

天国でお散歩しているゆかちゃんとエミちゃんへ。嘘ついてごめんね。許してくれるよね?あなたたちの笑い声が空から聞こえてくる気がします。

関連作品

  1. 急須の思い出

  2. お母さんへ

  3. 父親の気持ち

  4. 最後のことば

  5. お父ちゃんの優しさ

  6. 防空壕の恋

PAGE TOP