夫へ 70代 茨城県 第8回 入賞

幸せをありがとう
石田 守子 様 78歳

 亡くなる二日前、あなたはあまり動かせなくなっていた両腕をベッドの中からのばして私の頭を力いっぱい胸に抱えこんで、どれ程の時間が過ぎたのか私は息苦しくなってもがきながらあなたの腕を離れました。あの時あなたは私に何を伝えたかったのですか。言葉も失っていたあなたの目じりに光るものが見え、私もあなたの心が読めぬもどかしさで涙が止りませんでした。

あなたが逝ってから、私は宿題を出された様に、何を言いたかったのかずっと考えています。もし「先に逝くのを謝りたかった」のなら、私の方こそ心くばりの足りなかったのをお詫びします。もし「後を頼む」と言いたかったのなら、あなたの後を継いでくれた息子達が居るので心配しないで下さい。もし、「幸せだったか」と問われたのであれば、私はあなたに嫁いで本当に幸せでしたよ。今まであなたにそんなことを話すチャンスも無かったのを少し後悔しています。でも何時か年寄りになって旅にでも出たら、ゆっくり思い出話をしながら、私を嫁にしてくれてありがとうと伝えられる時がくると信じていましたから……。

あんなに逞しく元気だったあなたが還暦の頃から病気の問屋さんになってしまい私は慌てましたよ。「俺は自由業だから定年は無い。何時までも働いてお前を幸せにしてやる」と口ぐせでしたから、脳(のう)梗塞(こうそく)、パーキンソン、次々に襲いくる病魔と闘いながら言葉まで失ってしまったあなた、私の姿が見えないと大声で子供の様に泣くばかり、それでも入院中ずっと寄り添って介護が出来たので後悔はありません。思い起こせば三十七年の結婚生活の中で二人の息子を育てながら家を建てる夢に向かって頑張ってきました。土地を買い小さな家を建て息子に嫁を迎え孫も生まれた、これからという時あなたは倒れてしまった。どんなに辛く口惜しかったことでしょう。私はまだ宿題の答えがみつかりませんが、そう遠くない日、私もそちらへ行く事になるでしょう。その時ゆっくり聞かせて下さい。最後にもう一度伝えます。幸せをありがとう。

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