祖母へ 40代 千葉県 第14回

大ばばへ
上杉 啓子 様 

 日々忘れてゆく事、自分がわからなくなる事は悲しい。

 「オラ、なんにもわからなくなったよ」

 そんな大ばばの言葉は、孫である私には鬱陶しかった。あの頃の私はまだ十代の若者で、老いてゆく事は遠い世界の出来事だったから。昨日までできた事が今日にはできなくなるとか、さっきまで覚えていた事をすぐに忘れてしまうとか、それに苛立ちを感じた私は、想像力の足りない自分勝手なただのガキだった。けれどオバサンになった今の私には、大ばばの心もとない不安や、よるべない気持ちがよくわかる。

 あの頃冷たい態度をとっていた私に、大ばばは困ったような悲しいような顔をして、ほんの少し微笑んでいたよね。本当は気づいていたのに、私は大ばばの表情を見て見ぬふりをしていた。あの時はごめんね。ぶっきらぼうな私だったけれど、本当は大ばばが大好きだった。もっと幼い頃、姉妹喧嘩をしたら必ず妹である私を庇って抱きしめてくれた大ばばの匂いを、今も覚えてる。

 悲しい事を忘れてゆくのは、ある意味幸せで。楽しい事さえ頭の中から消してゆく大ばばを、そばで見ている私は寂しかった。でも大ばばは、過去からどんどん自由になっていったのだよね。私が病院に会いに行くと、だあれ?と聞いた綺麗な笑顔。会うたびに、はじめましての気持ちでいるのは新鮮だったのだろうな。大ばばの人生のおしまいの頃に、私達はそうやって何度も何度も新たに出会った。いつの日か私も天国へ行く時が来て再会したとしても、大ばばはきっと私のことは覚えていないのだろう。でも私は必ず大ばばを見つけるよ。幼かった私の頭を撫でてくれたあの手を見れば、すぐにわかるから。そしてまた五十回目くらいの「はじめまして」を言い合おう。沢山話をしよう。今度こそ優しい私でいられるように、私は今を精一杯生きるからね。空から見守っていてね。

 ごめんね。そして、ありがとう。

関連作品

  1. 誉め上手なお母さん

  2. 天国のあなたへ

  3. 永遠のいたずら

  4. こころの遺品

  5. 親父のこころ

  6. ごめんね、おばあちゃん

PAGE TOP