父へ 40代 東京都 第4回 銀賞 広告掲載

改めてありがとう
尾花 松五 様 46歳

 今さらながらだけど、本当の親子になりましたね。あの時、僕は小学六年で弟はまだ二年生。そんな家族の父親に、あなたはなってくれました。僕は幼く、有り難いことを素直に表現できなかったけど、今は感謝の気持ちでいっぱいです。

「おじさんはお母さんと結婚するし、君達とも結婚するんだよ」

って言ったこと、覚えてますか。当時は変なこと言う人だくらいに思っていたけど、今になると一番記憶に残っている言葉です。以来、あなたに妙な対抗意識をもってか、必要以上には口を開こうとしなかった。母親の情を奪われるのを恐れ、弟がなつき始めたのも面白くなかったのだと思います。

あなたに初めてお礼を言ったのは、母がリウマチで入院した時でした。うちには電話がなく、アパートの下の赤電話の前でもじもじしていると、ポケットから出してくれた十円玉。さらうように、生あったかい硬貨を入れて母に電話をかけました。気を遣ってくれたのか、その場をそっと立ち去り、戻ってきたのは電話が切れそうになった頃。たくさんの十円玉を置き、あなたは部屋に戻りました。拗(す)ねていた自分の気持ちが平手打ちされたような気がして、僕は初めて「ありがとう」と言いました。

母の病気が小康状態になった頃、脳梗塞で倒れた父さん。

「しびれが俺に移ったよ。おまえはきっと治るから安心しろ」

そんな言葉を残して旅立つなんて。今は悔しくて仕方ありません。もっと色んな話しをしておけばよかった。僕達を大学まであげ、社会人になるまで育ててくれたのに、家族の面倒を見てくれる人を長い間認めてなかったなんて。恩返しもできてない。昼夜を問わず働きに出ていたから、なおさら面と向かうことが少ない親子だったけど、全身全霊で家族になってくれた父さん。今になって言うのも恥ずかしい。

父さんになってくれてありがとう。心からありがとう。

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