母へ 50代 千葉県 第11回 入賞

母につたえたい心の手紙
植草 里美 様 58歳

 現在の私は五十八歳、生まれて今日まで両親との思い出がほとんどない。というのも、父親は今でいうDVだったらしく、祖父母が私にまで被害がおよんではと二歳頃に別れさせたそうだ。

その後は母一人で私を育てるのが難しく、幼い私を祖父母に預けて都会で働きながら仕送りを続けていた。年に二回私に会いに帰郷し、私が学校に行ってる間に帰ってしまう。

なぜなら、私がいると泣きながら裸足でバス停まで追いかけてしがみついて帰らせないからだ。不思議とその光景だけは鮮明に覚えている。

そんな日常が小学四年まで続いたある日、母の再婚相手との間に妹ができたのを機に、母が一緒に住まないかと言ってきた。その当時の私はただただうれしくて夢の中にいた。

ところが、夢にまでみた母との生活もあっという間で、妹が一歳になる前に倒れて、救急車で何軒もの病院をたらいまわしされ、最後の病院で最期まで一歳にもならない妹の心配をしながら息をひきとった。まだ三十三歳だった。私は何が何だかわからずに泣いていた。妹は再婚相手の実の子なので義父が引き取り、私は実の子ではないという理由で母方の妹夫婦の養女となった。転校から一年もしないうちにまた転校、その時の担任の言葉が今も忘れられない。

「あなたはこの歳で一番辛い思いをしたのだから、この先どんな苦しい事も乗り越えられるわよ」。今では理解できる。

育ててくれた叔母も五年前に他界。亡くなる前私に「はいこれ」。古い手紙だった。

私を祖父母に預けている間に何通か叔母あてに手紙を書いていたのだ。その中に私と一緒に住めると決まった時の手紙があり、「私は里美と住める事になった今が人生で一番幸せです」。その言葉に号泣してしまった。はじめて母の想いを知ったからだ。わがままばかりだったのに。

心半ばで逝ってしまった母に、私を産んでくれた事への感謝と最期に言えなかったありがとうの言葉を、今私が生きているからこそどうしても伝えたい。かけがえのない母へ。

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