「自転車で東京から鹿児島まで行く」
そう告げた高校三年の夏、サトルは「頑張れよ」とは言わずに「気をつけてな」と言ってくれたね。
サトルは小児がんで、大学病院に入院中だったね。余命宣告こそされていなかったものの、がんは末期で、サトルに残された時間はそう長くなかった。そんなサトルに自転車旅行のことを告げるのは、正直、気が進まなかった。病気で苦しんでいるサトルに自分だけ人生を楽しんでいることを見せつけてしまうような気がしたんだ。
でも、サトルはまったく気分を害していなかったね。
「自転車の旅は大変だと思う。雨の日もあれば登り坂もある。向かい風もあるだろうし、転ぶことだってあるかもしれない」
そう心配してくれたあと、サトルは言ったね。
「俺のぶんまで楽しんできて欲しい。俺が見たかった光景を見てきて欲しい。俺が感じたかった風を感じて欲しいし、俺がしてみたかった出会いをしてきて欲しい」
サトルは夢を僕に託してくれた。だからこそ、僕は頑張れた。ホームシックにかかって家に帰りたくなっても頑張れたし、きつい登り坂や土砂降りの日も耐えることができた。すべて、病室からのサトルの応援があったからこそだ。
無事、鹿児島まで到達したときには、すでにサトルは天国に行ったあとだったね。十七年の人生。やりたかったこともまだあっただろう。
サトルへ。自転車の旅を応援してくれてありがとう。サトルが応援してくれたおかげで鹿児島まで行くことができたよ。
サトル。お土産話がたくさんあるから、それまで天国で楽しみに待っていてくれよな。