クローゼットの中を探していたら、あの緑色のカーディガンが見当たらないのよ、お母さん。あっちこっちと探っていくうちに、鼓動が速くなって冷や汗が流れたわ。「ない、ない、ないわけない!」と叫びながら必死だった。
お母さん、ごめんなさい。私、あのカーディガン、間違えて捨てちゃったみたい。
家計が苦しくなって高価な毛糸玉が買えなくなり、たった一つの趣味だった編物を止めてしまったお母さんが、生涯で一度だけ、「毛糸玉を買ってほしい」と私にねだったわね。
枯葉が舞い散る夜の商店街を腕を絡ませながら歩いたら、あなたの背中が丸まって私よりも高かった背が縮んでしまったのに気づき、胸がきりりと痛んだわ。
毛糸店で、緑色に薄黄色の混ざった毛糸を選んであげたら、「こんな高価なもの」と言ってしり込みしたけれど、瞳がきらきらと輝いた。購入した毛糸玉が入った袋を抱き締め、まるで少女のように弾んで歩くあなたを、町のネオンがあたたかく照らしていた。
三日後にカーディガンを仕上げてしまったのには驚いたわ。「ここに小花を飾ろうかな、いい年しておかしいかい?」 恥ずかしそうに眼をしばたくあなたに、「おかしくないわ、素敵じゃないの」と言って微笑み合った、あのなつかしい夜。
告別式が終わって、兄に頼んでカーディガンを形見に貰ったその夜、カーディガンに顔を埋(うず)めて泣きました。カーディガンからお母さんの匂いがして堪(たま)らなかった。それなのに……、どうして失くしてしまったんでしょう。
お母さん、私ね、急いで同じような毛糸を捜し歩いてやっと見つけ、徹夜でカーディガンを仕上げたの。最後にあなたが付けた小花を真似して胸に飾ったわ。
編んでいる間、あなたがずっとそばに居て「ここはこうやるのよ」と教えてくれる気配がしたわ。その時のあなたの愛の香りが、新しいカーディガンにも沁みています。
へたくそな出来だけれど、あなたの教えで編んだこのカーディガンを大事にしていきますから、勘弁してくださいな、お母さん。