父へ 80代 千葉県 第14回 入賞

父の自転車
伊藤 晴夫 様 82歳

 今から思うと、天国の父に心から有難うと言いたいことが多数あったことに気付きました。これに気づいたのは私自身の子供が大きくなって、悩んだことが多くあったことが関係しているのかも知れません。また父は単身で満州に行っていたので、私が幼い時には一緒に遊んで貰ったりしたことが余り無かったからかも知れません。

 私が小学生の頃ですから、七十年以上前のことですが、一家はあばら家に住んでいました。満州帰りの父は職も無く、行商のような仕事をしていたのだと思います。仕事で遠くに行くときには自転車を使っていました。その自転車は古いものでしたが良く磨かれていました。また、チェーンやギアなどには機械油がたっぷりつけられていて、動きはスムーズでした。

 私は自転車に乗りたくて仕方がありませんでしたが、父の大切な仕事用だと思って乗ったことは殆どありませんでした。ある時、父がいない時でした。私は少しなら良いだろうと思い、自転車に乗り、近くの小学校の校庭に行きました。三、四百メートル位の距離だったと思います。途中に狭いが舗装のしてある曲がった坂がありました。ここをフルスピードで下りるのは爽快でした。そのまま校庭に行き自転車を乗り回していました。

 はっと気づくと、父が見ていました。私は怒鳴られることを覚悟しました。しかし、父は笑って「貸してお呉」と云って、自転車に乗り急いで立ち去りました。父は自転車が見当たらず吃驚したに違いありません。私が乗っていることも考え、小学校の校庭へ来たのだと思います。来てみたら私が嬉々として乗り回していたわけです。楽しそうに遊んでいる息子を愛おしく思ったのだと思います。遊び道具も買ってやれない悔しさもあったかもしれません。あの時の父の笑顔と優しい言葉は忘れることが出来ません。今更ですが、天国の父に心から有難うと云いたいです。

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