あなたが旅立った日、札幌に初雪が降りました。あなたは、まだ51歳――人生の半ばで愛する家族を残し、雪の精になりました。
あの日から13年。長女のサクは、東京に嫁ぎ、二人の息子と男の三人暮らしが始まりました。火の消えたような我が家で、あなたが病室で書き遺(のこ)した「お料理ノート」を頼りに、毎日のお弁当や食事づくりに格闘がつづきました。息子たちが大好きなコロッケの挑戦は散々(さんざん)でした。じゃがいもの粉吹(こふ)きを忘れ、揚げ油の温度が低すぎて、コロッケはひび割れした姿で食卓にのぼりました。
「まあ、味だけは、おかんに近いね」と、慰(なぐ)さめられ、そんな息子たちも何とか曲らずに成長してくれました。
玉葱(たまねぎ)の皮をむけばふいと涙がこぼれ、あなたの「お料理ノート」の鉛筆の文字を濡(ぬ)らしたことが何度もありました。
今年4月、あなたが最期までその行く末を案じていた末っ子のヒロは、良き伴侶とめぐり会い、東京で式を挙げました。
当時、まだ高校一年生だったヒロも、地方公務員の職に就き、29歳になりました。
「おかんの写真は持って来るなよ。オヤジはすぐ泣くから」と、念押しされていましたが、あなたの写真をモーニングの胸ポケットにしのばせました。
あなたの若い頃によく似た、かわいい花嫁さんでした。
花嫁に永遠(とわ)の愛を誓う息子の姿に、堪(たま)らず目頭(めがしら)を押えました。
あなたを奪い去った、時の流れの非情さを恨んだこともありましたが、生きていれば、いいこともあるんだね。
式が終わってヒロが僕の耳元で「おかん、見てたかなあ」と呟(つぶや)き、涙をぬぐいました。
そして、「オヤジのコロッケは、おかんの味だったよ」と、初めて褒(ほ)めてくれました。
みんなそれぞれ独立し、僕は今、アパートの独り暮らしだけど、あなたの「お料理ノート」は、生きてます。ノートを開けば、いつでも、あなたに逢(あ)えるから。