父へ 80代 香川県 第8回 入賞

「お父さん、ごめんなさい」
小林 孝俊 様 88歳

「お父さん、ごめんなさい」。

私が生意気だったあの頃、お父さんには、たいへん悲しい思いをさせてしまいました。

貧しい家計と「貧乏人のくせに……」という周囲の陰口のなか、私を中学へ通わせるために、なりふり構わず働いてくれました。なのに、私はその働く姿を嫌ったのです。

劇場の入り口で、着飾った客に愛想よく頭を下げる下足番のお父さん。恥ずかしい! 横を向いて走り抜けました。時には、遠回りまでしてその場を避けました。

友達と連れだって下校の途中、粗末な作業衣のお父さんと出会ったことがありました。しまった! 友達に気づかれるとまずい。「おいっ、あれ何や」あらぬ方を指差して、友達の目をお父さんから逸らさせたこともありました。家でも、あまり話さなくなりました。

貧乏ゆえに息子の将来を妨げてはならない。息子の望みは、きっと、かなえてやる。

こんな気持ちで、世間の目も気にせずに働く父親。そんな親を避ける息子。お父さん、さぞ辛かったでしょうね。

でも、私にも、お父さんの気持ちは分かってはいたのです。

小学六年生のとき、喧嘩で友達を傷つけ、先生に叱られたことがありましたね。あれは本当は、働くお父さんを、さげすむようなことを言ったからだったのです。友達でも許せませんでした。お父さんは私を叱りませんでした。私の気持ちは分かってくれていたのでしょうね。

残念だったのは、ようやく私の生活も安定し、さあ、これから親孝行、というときに、お父さんが亡くなったことです。

もう少し早く、安心させ、喜ばせてあげたかった。悲しかった。泣きました。

今、私は八十八歳。お父さんの享年を三十歳ほども超えました。幸せな人生を送れたのも、お父さんと、お父さんを支えたお母さんのお陰と感謝しています。

お父さん、親不孝、ごめんなさい。

 

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