母へ 60代 神奈川県 第10回 入賞

手放しちゃダメだよ
持田 正行 様 66歳

 「私が、お前を生んだ母親だよ」。

突然、目の前に現れた母さんを見て、本当にビックリしたよ。母親は、俺が小さい時に病気で死んだと言い聞かされていたから。

初めて会ったのは、俺が三十歳、母さんが五十八歳の時、東京都赤羽駅の駅前、良く晴れた5月の平日だった。今でも良く覚えているよ。

それから、半年に一度の割合で、俺と俺の妻と、母さんと母さんの旦那の四人で、食事をするようになったね。母さんは会うたびに

「お前を手放して本当にすまなかった。辛い思いをしたんじゃないかい?」

と言い、会うたびに涙を流した。

俺と母さん、二人でいると、俺の妻も、母さんの知人、母さんの親戚の人達もが

「二人、本当に似ているね」

と、口を揃えて言った。母は嬉しそうに、ニコニコ頷いていた。

俺が六十四歳の時、俺が肺癌になり、肺の三分の一を摘出する手術の二日前、母さんが病院のベッド脇で、俺の手を握りながら

「私が、お前の病をしょって先に行くから安心して、手術を受けなさい」

と、涙を流した。

その夜、母は、脳梗塞であの世に旅立った。俺は母の訃報を知らされず手術を受けた。

俺は今、こうして生きている。そして、母の墓前に花を上げている。テレビドラマの様なあり得ないような事が、自分の身に起きた時、俺は母の分まで生きようと思う。母さん、見ててくれ。そして待っててくれ。俺が母さんの元に行った時、今度は手放してはだめだよ。

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