母へ 60代 徳島県 第7回 入賞

母ちゃんへ
大沼 亮 様 62歳

 母ちゃん。62歳にもなって母ちゃんというのも何やけど、母ちゃんには母ちゃんと60年間言ったから、やっぱり母ちゃんやな。母ちゃんが死んで100ヶ日が過ぎた。もうすぐ初盆や。母ちゃんが生きてる間は俺も現役で忙しく仕事してたから、母ちゃんが話しかけてきても、ほとんどフンフンと聞き流してた。母ちゃんは知ってか知らずか、それでも一生懸命話しかけてきたな。元気やった母ちゃんがまさかこんなに早く死ぬとは思わんかったから、適当な対応でごめんな。それでも、俺と妹を女手一つで育ててくれた恩はわかってるから、粗末な扱いはせんかったと思う。俺は母ちゃんの小間使いかと思った時もあったくらいやから、まあ親孝行はした方かもしれんと自分では思ってる。天国でフフンと笑ってるかもしれんけどな。やっぱり死んだ当初は、いろいろ思い出したわ。それがな、しょうもないことばかりや。たとえば、水道の水は十分出してから飲みやと、よく言ってたけど、俺は水を出してすぐに飲んでた。だいたい親父が小学生の頃死んで、小さい頃から母親に育てられたから、俺は母ちゃんには黙ってたけど、男の子は女親の言うことをいちいち聞いてたら、男っぽい男になれんと密かに思ってたんや。それが60過ぎても続いて、なかなか言うこと聞かんかったな。今は十分水を出してからコップに注いで飲んでるわ。安心してや。

親には死なれてみんとわからん事があるな。これは言葉では言い表しにくいけど、もうあの世に行かれたらどうしようもないという事実や。親孝行したいときには親はなしゆうけど、この格言は不十分やな。別に親孝行したいわけではないねん。話しかけたいだけや。つまりやなあ、喪失感やな。やっぱり大学生時代を除いて50年間一緒に住んだ相手が亡くなると大きな喪失感があるわ。今はな母ちゃんが名付けた猫のナナと仲良く暮らしてる。ナナとは呼んでへんけどな。ナナなんて恥ずかしくてよう言わんわ。もうすぐ初盆や。提灯(ちょうちん)出すから帰ってきてや。ほなな。

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