母へ 60代 徳島県 第14回 入賞

こころの遺品
天竹 勉 様 65歳

 母さん、遺品を整理しています。服や帽子が、母さんを尋ねているよ。アルバムを開ければ、笑顔の母さんがいて、寂しさがつのります。

 押し入れの奥に、掌サイズのメモ帳を見つけたよ。表紙をめくると、「二月十六日雨」の文字。数行読み進めて、父さんが脳梗塞で倒れた時の物だと分かった。思わず指を折って数えてみた。もう三十年も前だ。それがどうして今まであったのだろう。

 手帳を手に、読み進めるかどうか、迷ったよ。母さんの秘密をのぞくような後ろめたい気持ちと、書かれている内容への不安と。でも、最後まで読んだよ。読んでいると、とうに過ぎ去った何でもないはずの風景が、鮮やかに蘇ってきたよ。

 厳寒の冬、父さんが脳梗塞で倒れて、県外の病院へ転院。母さんはずっと付き添って、病院に泊まり込んでいたね。

 僕たち( 妻と九歳の息子)は週末しか見舞ってやれなかった。母さんがいるから大丈夫という気持ちもあったし、症状に対する希望的観測もあった。頁をめくり、母さんの心の想いを知ったよ。回復へのもどかしさ、先々の不安に看病疲れ。心細かったんだね。そして、こう書いてあった。

 『二月二十五日、夕食後、勉たち三人が来てくれた。いっしょに食事をと言ってくれたけど、もう済ませていたので、またニチイまでついて行った。るみ子さんがパジャマを買ってくれた。私にはエプロンをくれた。雄紀もかしこく留守をしているという。家族の暖かさに誰も来てくれなくても、これで十分幸せと思う。車を見送りながら涙が出た』

 読んでいて母さんの息づかいを感じるよ。「大切なものは目では見えない」。何も見えていなかった。支えているつもりが、支えきれていなかった。ひとり病院の玄関で、去りゆく僕たちの車を見送る母さんが、いとおしいよ。

 どうしてこの手帳だけ残っていたのだろう。家族を思い、幸せだと涙する母さん、ありがとう。この手帳は、母さんの「こころの遺品」だ。僕たちこそ幸せだったよ。ありがとう、母さん。

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