夫へ 60代 群馬県 第11回 入賞

私と結婚してよかったですか
平松 恵子 様 67歳

 結婚したばかりの頃、「私と結婚してよかった? 」って聞いたら、「そういうことは死ぬ時になって初めてわかるんだよ」って言ったよね。私はね、その頃からもうお父さんの誠実な人柄に、一緒にいる時の大きな安心感に、「ああ結婚してよかった」って思っていたよ。プロポーズされた時、「私、縫い物も料理もろくにできないし」って言ったら「できる事は何でも自分でやるから」ってお父さんが言ってくれた。本当にその言葉以上だったからびっくりです。お父さんは私にとって保護者のような夫であり、何でも知っている先生でもありました。そんなお父さんに甘やかされこの上なく大事にされている私でした。二人して退職してからは、映画も見たしお出かけもした。家にいても、それぞれが何をしていても黙っていても、二人でいれば楽しかった。あの頃、あの平凡で幸せな日常がずっと続くものだと思っていた。

私は忘れない、病院で「治りません、進行性です」と言われた五年前のあの日の事、そしてお父さんの病気について知った日の事を。話すことも含め、体全体の動きが奪われ、飲食はおろか、排泄もできなくなり、ただ意識だけは最後までしっかりしているという難病。こんなに残酷な病があるんだと知った時の驚きと絶望感。一番辛いのはお父さんなのに一度も泣き言を言わなかったね。いつでも明るくひょうきんで、反対に私を笑わせ、励ましてくれたね。あの平常心はすごい。人間の本当の強さをお父さんが教えてくれた。

お父さん覚えてる? 病院で迎えた結婚記念日。ベッドに横たわる弱々しくなったお父さんに「四十二年間、ずっと仲良く暮らしてくれてありがとう」って言って投げキッスの真似をしてみせたら、お父さんも真似をするように、手の平を口元の方に向けてから泣き笑いのような顔をして笑ってくれたね。

お父さん、お別れして一年が経ちました。「私と結婚してよかった」って思ってもらえたって、思っていてもいいですか。

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