祖母へ 70代 神奈川県 第7回 入賞

おばあちゃんのきつねうどん
池田 智子 様 70歳

 子供の頃、給食がない土曜日を私は心待ちにしていたよ。とっても楽しみにしていたの。何故だって?それはネ、おいしい「おばあちゃん特製のきつねうどん」が食べられるからだよ。

「ただいまぁ!」玄関に飛びこんだ私はまっすぐに台所へ駆けこむ。「お帰りなさい。女の子が家の中をドタバタと走ってはダメ!」とガス台の前に立っているおばあちゃんにいつも叱られていたね。「だって、お腹がペコペコだから……」、「お昼はできたよ。さあ、食べようね」

共稼ぎの家庭だったから母がつくるご飯は日曜日だけで、月曜から土曜まで家事の殆(ほとん)どをやりくりしていたのはおばあちゃんだった。

終戦直後の満州から艱難辛苦(かんなんしんく)の末、日本に戻ってきたおばあちゃん夫婦には子供がいなかった。それで友人の子を養子に迎えた。そこに嫁いだのが私の母だ。だから「血」のつながりのない、「縁」で結ばれた家族だった。そのためでしょ、子供の私から見ても両養子の私の両親に気兼ねしていたように思えたよ。家族の誰もがおばあちゃんに感謝していたのに、おばあちゃんのおかげで毎日があることは皆よぉくわかっていたのに……。でも、おばあちゃんの口癖は「嫌われ者、世にはびこる。早く死にたい」だったね。その言葉を聞くたびにとても悲しくなった。私、一度だけど聞いたよね?「だぁれも、おばあちゃんのこと嫌いじゃないよ。どうして、そんなこと言うの?」あの時、おばあちゃんは悲しそうにふっと笑っただけだった。

煮干しのだし、甘く煮られた油揚げ、青ネギのみじん切り、柔らかめなうどん。それらを醤油のおつゆがしっかりとまとめあげているおばあちゃんのきつねうどんはおいしかったよ!丼を両手で持っておつゆを一滴も残さずに飲み乾す私をおばあちゃんはうれしそうに見ていてくれたね。

おばあちゃんが逝ってから四十年。

今でもおばあちゃんの「きつねうどん」は「日本一おいしいきつねうどん」だと思っています。おいしかったよ。ご馳走さまでした!

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