父へ 60代 東京都 第9回 入賞

とてもとても、とても幸せでした
荒木 光弘 様 60歳

 今から十七年前、七十一歳で父は亡くなりました。咽頭(いんとう)ガンでした。入院して二週間ぐらいで亡くなりました。翌々日が手術の日でした。朝早く病院から電話があり、駆けつけると亡くなった後でした。体をさわると、まだ温かかった。私と兄の二人の息子を父は男手ひとつで育てました。母は私が小学四年の頃に生活苦で家を出てしまい、それっきりでした。当時、一日の食事が学校の給食だけだった時が、数ヶ月ぐらい続きました。それから父は私達子供二人を連れて、ある工場の社宅に入り、一生懸命働きました。そして、父は五十代なかばで中古のマンションをローンで買い、家族三人で暮らしました。その後、私と兄は就職し家を出ました。父はそれから亡くなるまで、ずっと一人で暮らしていました。

父の葬儀の納棺の日、兄が父のやせ細った足をさすりながら、「このスネをかじっていたんだなぁ」と、ぽつりと言いました。父と兄は、あまり仲が良いとは思っていなかったので、その言葉を聞いて思わず声を出して泣いてしまった。

葬儀のあと、父の住んでいた懐かしのマンションで、私と兄の夫婦と私の小学五年の息子五人で、遺品整理をした。そのとき、私の息子が父のジャンパーの内ポケットから、補聴器をみつけた。父が補聴器をしていたとは知らなかった。息子が補聴器を知らなかったので、使い方を説明してあげた。遺品整理と言いながら、昔のアルバムや手紙が出ると、手を休め見入ってしまった。すると、息子の大きな声が隣の部屋から聞こえた。何だろうと行ってみると、息子が手に持った補聴器に向かって、「おじいちゃん、聞こえますかぁ、天国はどんな所ですかぁ」と、何度も喋りかけていた。私と兄はそれを見て、最初は笑っていましたが、急に涙が出て、とまりませんでした。

お父さん、ここまで育ててくれてありがとうございました。兄弟二人、とてもとても、とても幸せでした。

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