父へ 60代 熊本県 第11回 銀賞

お父さんのぎゅっ
舛田 美子 様 60歳

 昔、子供だった頃、お父さんとよく手をつないで歩いてたね。お父さんの大きな手が、私の小さな手をぎゅっと握る。今度は私が、ぎゅっと握り返す。無口なお父さんとの会話は、お互いの手でだった。何もしゃべらないのに、楽しかったね。

お酒のおつまみを買いに行くと、お父さんはいつも殻の付いた落花生。私達子供は、キャラメルだった。一箱ずつのキャラメルがうれしくて、何度もぎゅっぎゅってしたよね。お父さんもうれしそうに、ぎゅっぎゅっと返してくれた。

なのに気付けば長い反抗期。お父さんが大工だということが私はいやだった。手に職があるという素晴らしさを、子供の私は知らなかったの。ごめんね。

ほとんど口をきこうとしない娘なのに、お父さんから叱られたことは一度もなかった。子供達三人とも。その分、お母さんがこわかったけどね。

ただただ真面目で、心優しいお父さん。お父さんが亡くなった時、私達以上に、会社の皆さんが泣いてくれた。愛されていたんだなーと、お父さんを誇りに思いました。

病院で、少しよろけたお父さんの手を、思わず握った時があったね。細くて弱い手だった。子供の頃、ぎゅっとしてくれた、力強い大きな手ではなかった。それでもぎゅっと私が握ると、ぎゅっと握り返してくれた。長い病院の廊下を一歩ずつ、二人で歩いたね。何も話さなかったけれど、神様のくれた時間だったような気がします。

今朝も、お父さんとお母さんの写真に「おはよう」の挨拶をしています。これからも、子供達や孫達のことを、見守って下さいね。

生真面目そうなお父さんと、ちょっと気取って笑っているお母さんの写真に、私はいつも励まされています。

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