父へ 60代 神奈川県 第4回 入賞

父の墓前で
狩野 彰一 様 62歳

 おやじ、今、六十二歳をやってるよ。体力は落ちてきたけど、まだまだがんばってる。それにしてもこの夏は暑かった。家の周りの木も草もぼーぼーに伸びてさ、枝落としに草刈り、汗だくで、こなしたよ。

木陰で麦茶を飲んでると、ふとおやじのことを思い出す。鎌や、剪定鋏(せんていばさみ)、鋸(のこぎり)など、道具にはうるさかった。「この雑草には、この鎌。あの枝は太いから、そっちの鋸」いつも的確な道具選びだった。「刃物は手をかければ、そんだけ返してくれる」研ぎには時間をかけ、切れ味にこだわった。しかし俺は、鋸でも鎌でも手当たり次第。力まかせで、研ぎなどしたためしもない。俺の代になったとたん、家中の刃物は残らずなまくらになった。あの時は、さすがに焦った。埃を被った砥石を、物置から探し出し、図書館から研ぎに関する本を借り、刃物と砥石の角度など、俺なりに研究した。「ああ、切れる! すごい!」思わず歓声をあげた。鎌も包丁も、同じ物とは思えなかった。あの喜びを、おやじが生きてるうちに、伝えてやるべきだった……。

そうそう、やはり親子して木陰で涼んでた時、おやじはこんなことも言った。「何が大事かってよぉ、一度やったことは、ふり返ってくり返してみるこった」息子にというより、自身に言い聞かせていたのかもしれない。「わかったふりで通り過ぎちまえば、なんも残らねえ」一度関わったことはそれきりにしない。その姿勢は、おやじの日常の随所に見られた。ああでもないこうでもないと、日記帳のようなものに書き連ねては、考え込んでいた。家のペンキ塗りの水加減、自製の門扉の設計図。石油ストーブの芯の替え方のコツ、母と二人で旅した時の感想や、反省点まで。それこそ頭のすみに宿ったことは何でも。

とるに足らぬことでも、絵や、文字にすることの大切さ。その努力が、おやじにも家族にも、良いかたちとなって、跳ね返っていった。

「おやじ、ふり返ることだよね。反復することだよね。そしてメモしていくこと。俺は、少しはわかりかけてきたよ」

 

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