母さん。母さんが大好きだった吾亦紅(われもこう)が今年も居間から見える庭の隅で静かに風に揺れています。
きょうは、母さんとほんの少し思い出話がしたくて手紙を書きました。
あれは……僕が小学校に入った頃でした。夕飯の時、時々母さん『お母さん、きょうお腹いっぱい』とご飯を控えることありましたね。競っておかわりを催促する子供達……。でも母さん、僕は知っていたよ。その日の御櫃(おひつ)は底がそっくり見えていたことを……。子を思う母さんの心が、子供ながらに切なくなったこと、今、懐かしく思い出しています。
大人になって……仕事の虫で全く結婚を考えなかった私に母さんの勧めで見合いをした由美子。たまには些細(ささい)なことで喧嘩もしますが私には勿体(もったい)ないくらいのしっかり者です。母さんに感謝しております。ありがとう。
ただ、ひとつだけ母さんに申し訳なかったことが……それは我が家にはコウノトリがとうとう来てくれなかったことです。そんな私たちに「孫の顔、見たい」と一度も言わなかった母さんの優しさ。嬉しかったです。
早いものです……子供達が見守る中、母さんが静かに目を閉じてからもう7年の月日が経ちました。あの日、朦朧(もうろう)とした意識の中で、小さな声で「のぶくにさーん」と私の名を呼んでくれたのが母さんの最後の言葉でした。母さんは、何を言いたかったんだろう?そうか、あの時「伸(のぶ)ちゃん。あんたとこの孫、抱っこしたかったよ」って言いたかったのですよね……母さん。
私がそっち(彼岸)へ行った時、小学生の頃の様に、にっこり笑って「お帰り」と迎えてくださいね。その時はゆっくりと思い出話ができますね 母さん。 合掌
追伸 由美子が今朝「吾亦紅」の花を仏壇の脇に供えてくれました。