お父さん、風の便りにあなたが天国へ旅立ったことを耳にしました。母さんも十七年前に向こうに逝きました。もう会いましたか?
記憶の埃(ほこり)をはたいてみれば、初めてあなたに会ったのは、小三の春でした。色白で小柄な青年を前に「この人が新しい父さんだよ」と母に紹介され、びっくり仰天(ぎょうてん)しました。あまりにも若いので、信じられなかったのです。
実は私自身、実父と死別し、実母が再婚したので、五歳の時この家に養女に来た身だったのです。優しかった義理の父さんも三年前に他界し、あなたは二人目の父でした。
婿養子として入ったあなたは、妻は七歳も年上で、小三の娘までいたので、戸惑ったでしょうね。自身は二十六歳の初婚なのに。この家は舅、姑、小姑がいる大家族で、一緒に家業の農業をやらねばならなかったのですから。
あなたは、教育熱心で、生さぬ仲の私に愛情を注いでくれました。昭和二十六年の裕福でなかった時代に、毎月三冊も少女雑誌を取ったり、自転車を買ってくれました。嬉しくて私は、急激に父さんになついていきました。
が、その反面では、授業参観などであなたが学校に現れるのが、凄く嫌でした。友達が、「あの人誰?……」とひそひそ話すので、知らん顔をしていました。兄のような若い父親の存在がうとましかったのです。ごめんなさい。
中三の終わりに、あなたは母と離婚。その時は原因がよく分からなかったけれど、性格の不一致だと、後で聞かされました。悲しかった。淋しかった。それよりも、私はあなたに謝らないといけません。七年間の間に一度も「お父さん」と呼べなかったことです。心の中では、何十回も呼んでいたんですよ。
こんな私に、家を去る時「一緒に来ない?」と言ってくれましたね。迷ったけれど、五歳から育ててくれた母を裏切れませんでした。
「父さん」と呼べなかったこと、会ってお詫びしたかったのに、できなくなっちゃった。ごめんね、お父さん。ほんとにありがとう。