父へ 40代 大阪府 第10回 入賞

お米
早崎 あずさ 様 46歳

 父が亡くなって今日で3ヶ月。しっかりしなくてはと思いながら毎日を過ごし、でもどこかたよりなく夢遊病のようにふわふわとした日々。私は早くから家を出て、親からの援助を断り自立した。あの時は自立したつもりでいたのだけれど。

父は、3ヶ月おきに知り合いの農家さんからお米を買い、精米したてのお米を軽トラックに積んでやって来た。私はそんな田舎臭い父が来るのを嫌悪した。自炊などしておらず、お米は米びつにも移さず袋のまま小さなキッチンの隅に積まれていった。要らないと言っても聞いていない風体でまた来る。きっちり3ヶ月おきに軽トラに乗って。ある日部屋に帰ったら、黒い蛾が部屋中の壁を覆っている。声にならない声で叫ぶがどうにもならない。部屋を飛び出す。電話する先は乳しか思いつかなかった。到着した父はすぐに蛾を退治してくれた。私は大嫌いな軽トラの座席で待った。蛾の発生源は父のくれたお米、古米を処分せずにいたせいだった。黙って大きなゴミ袋に入った古米と蛾を軽トラに積み込む。「処分しておくから。元気でやれよ」。「ごめんなさい」。久しく父に謝ったことはなかった。軽トラの申し訳程度に光るテールランプを見送る。父を傷つけてしまった。それから私は自炊することにした。お米一粒残さずちゃんと食べた。結婚してからも精米しては送ってくれていた。ガンの病状が悪化して運転ができなくなる直前まで。最後のお米2合がどうしても食べられなかった。食べてしまうと本当に最後のような気がして。だけど今日、食べることにした。このお米に虫がわく前に。キチンと姿勢を正して研ぐ。涙gあボトンボトン落ちるので最後のお米はしょっぱくなりそうだ。「お父さん。いったんさようなら。いずれは私もそちらに行きますので。その時はお父さんの好きな釣りに喜んでつきあいます。海までの道のりは軽トラの荷台に乗せてもらおうかな。そちらでいい黒メバルは釣れますか。私のキライなフナムシの少ないところにしてください。その時はまた針に餌を付けてくださいね。投げて待つだけはできますから。釣れたら、美味しいあの特製メバル汁をお願いしますね。ネギくらいは刻みますけど。それまでいったんさようなら。お米、これからは自分でちゃんと買うので心配など無用です。ゆっくり休んでください。ずっとおいしいお米をありがとう」。炊飯器のスイッチを押した。これで一歩前に進める。

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