父へ 60代 東京都 第3回 銀賞

代筆でごめんなさい
札場 笑美子 様 69歳

 お父さん、お誕生日おめでとうございます。ええと、何回目の誕生日でしたっけ。ごめんなさいね、あまり長い間お父さんの歳を数えていなかったものだから。それにこの手紙、お母さんじゃなくて娘の私が書いているのもご不満でしょうが勘弁してくださいね。 でもお父さん、これでも私、お父さんが南方戦線へ出征していた頃のことよく覚えているのですよ。 その頃、お母さんは毎日口癖のように、「お父さんはもうすぐ帰ってくるに違いない」と、自分に言い聞かせるように言っていましたっけ。そんなある日、唐突にお父さんの戦死の知らせが届いたのです。その後も、ついにお父さんの遺骨は帰ってきませんでした。お父さんがいつ戦死されたのかも分からなかったけれど、半年ばかり後、お父さんの背嚢だけが不思議と戻ってきたのですよ。 背嚢の中には、毛布や薄汚れた手ぬぐい、それからさも大切そうにお母さんと私の写真に、お母さんが出した何通もの手紙が入っていましたっけ。震える手で背嚢の中から私たちの写真を取り出したとき、気丈なお母さんは泣き顔など見せなかったけれど、お父さんにあてた自分の手紙に目を通した時、お母さんは号泣しました。 それから毎年、お父さんの誕生日が来るとお母さんは、お父さんの仏前にお酒を一本付け、お父さんにあてた手紙を一通書くようになったのですよ。 手紙に何が書かれていたのか、お母さんは私には見せてくれたことがないので知らないのですが、お父さんのことを「好きだった」なんて書いてあったんですか? まさか娘の私が結婚に失敗して戻ってきたことなんか報告していませんよね。 ——半年前にお母さんが亡くなってしまったので、今日は娘の私がお母さんの代筆をさせていただきました。これから毎年私がお父さんに手紙を書くことになります。無調法者ですがよろしくお願いしますね、お父さん。

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